いづかたに秋の行くらむわが宿に
今宵ばかりは雨宿りせで
- 歌の意味
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秋はどちらへ去って行くのだろうか。せめて今夜だけでも、私の家で雨宿りをしていけばよいのに、それもせずに。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 139
詞書「雨中九月尽といふことをよめる」
藤原公任が「雨中九月尽」すなわち雨の降る九月の末日という題で詠んだ歌である。陰暦九月の末日は秋の最後の日にあたる。
雨の降る秋の最後の夜、去りゆく秋を旅人に見立て、せめて今夜くらいは我が家で雨宿りをしてゆけばよいのに、それもせずにどこへ行くのかと惜しんでいる。巻末に置かれ、巻頭の第八十二首の秋の訪れと呼応して、秋の巻を秋の別れで結んでいる。
初句「いづかたに」は、どちらの方へという疑問で、二句の「らむ」と呼応する。
二句「秋の行くらむ」は、秋が去って行くのだろうかという推量で、秋を擬人化している。ここで二句切れとなる。
三句「わが宿に」は、自分の家にという意である。
四句「今宵ばかりは」は、せめて今夜だけはという意で、秋の最後の夜を示す。
結句「雨宿りせで」は、雨宿りもしないでという意で、「で」は打消の接続助詞である。詞書の雨を生かして秋を旅人に見立て、巻頭の第八十二首の秋の訪れに対し、秋の去りゆく姿で巻を閉じる。
くぐわつじん:陰暦九月の末日、秋の終わりの日
あまやどり:雨を避けて軒下などにしばらくとどまること
- 作者
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藤原公任
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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初霜も置きにけらしな今朝見れば 野辺の浅茅も色づきにけり
- 次の歌
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何事も行きて祈らむと思ひしに 神無月にもなりにけるかな