何事も行きて祈らむと思ひしに
神無月にもなりにけるかな
- 歌の意味
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何事も出かけて行って祈ろうと思っていたのに、神のいない神無月になってしまったことだなあ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 140
詞書「題しらず」
何事もいずれ社に参って祈ろうと思っていたのに、ぐずぐずするうちに神の留守の月とされる神無月になってしまったと嘆く歌である。祈る機会を逃した暮らしの不如意を、冬の始まりの物寂しさに重ねている。
曾禰好忠の『毎月集』では十月の第一首に置かれた歌で、詞花集でも冬の巻頭を飾る。神無月を「神のいない月」と受け取る理解が、すでに好忠の時代にあったことを示す歌としても知られる。
初句「何事も」 何事につけても、の意で、祈りたい願いがさまざまにあったことを示す。
二句「行きて祈らむと」 「む」は意志の助動詞で、社へ出向いて祈ろうという心づもりである。八音の字余りとなっている。
三句「思ひしに」 「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「に」は逆接の接続助詞。思っていたのに、と期待が外れたことを導く。
四句「神無月にも」 陰暦十月。神々が出雲に集まり各地の社を留守にする月と解され、祈りに行こうとした心と皮肉に響き合う。
結句「なりにけるかな」 「に」は完了、「ける」は気づきの「けり」、「かな」は詠嘆。いつの間にかそうなっていたことへの驚きと嘆きである。巻末の本巻の第百六十首も同じ作者の歌で「なりにけり」と結び、冬の巻の始まりと終わりが呼応する。
かみなづき:陰暦十月の異称。神々が出雲へ出かけて各地の社が留守になる月と解された
- 作者
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曾禰好忠
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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いづかたに秋の行くらむわが宿に 今宵ばかりは雨宿りせで
- 次の歌
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ひさぎ生ふる沢辺のちはら冬来れば ひばりの床ぞあらはれにける