ひさぎ生ふる沢辺のちはら冬来れば
ひばりの床ぞあらはれにける
- 歌の意味
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ひさぎの生える沢辺のちがやの原では、冬が来て草が枯れたので、ひばりの巣があらわになってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 141
詞書は前の歌に続き「題しらず」
冬になって草が枯れ、春から夏にかけて茂みに隠されていたひばりの巣がむき出しになった様子を詠む。季節の移り変わりを、目立たない小鳥の巣の発見という身近な観察でとらえた、好忠らしい野の歌である。
『好忠集』の冬十首に見える歌で、後鳥羽院に「雲雀の床」が草枯れによってあらわれる武蔵野を詠んだ派生歌がある。
初句「ひさぎ生ふる」 ひさぎ(アカメガシワとも、キササゲともいう落葉高木)が生えている、の意。
二句「沢辺のちはら」 沢のほとりのチガヤの原。初句と合わせて場所を示し、三句以下の変化の舞台を定める。
三句「冬来れば」 「来れ」は已然形で、「ば」は確定条件。冬が来たので、の意で、草の枯れを含意する。
四句「ひばりの床ぞ」 ひばりの巣のこと。「ぞ」は係助詞で、結句の連体形「ける」と係り結びをなす。
結句「あらはれにける」 「に」は完了、「ける」は「けり」の連体形で係り結びの結び。巻第一の第十七首「桜は花にあらはれにけり」も、隠れていたものが季節によって姿を現す趣向で、春の花と冬の枯れ野とが対をなす。
ひさぎ:アカメガシワ、またはキササゲとされる落葉高木
ちはら:チガヤが一面に生えた野原
ひばりのとこ:ひばりの巣
- 作者
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曾禰好忠
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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何事も行きて祈らむと思ひしに 神無月にもなりにけるかな
- 次の歌
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梢にて飽かざりしかば紅葉葉の 散りしく庭を払はでぞ見る