梢にて飽かざりしかば紅葉葉の
散りしく庭を払はでぞ見る
- 歌の意味
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梢にあるうちは見飽きることがなかったので、その紅葉葉が散り敷いた庭を、掃き払わずにそのまま見ていることだ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 142
詞書「家に歌合し侍りけるに、落葉をよめる」
枝にあるうちに眺め足りなかった紅葉を惜しみ、散り敷いた落葉も掃かずに鑑賞し続けるという歌である。散った後まで紅葉を愛でる心を、「払はで」という日常の動作の否定で表している。
詞書によれば、自邸で催した歌合で「落葉」の題を詠んだもので、作者は源資通とされる。巻の冒頭の初冬の歌に続き、ここから落葉を主題とする歌が並ぶ。
初句「梢にて」 枝先にあるうちは、の意。紅葉がまだ木に残っていた時を指す。
二句「飽かざりしかば」 「ざり」は打消、「しか」は過去「き」の已然形、「ば」は確定条件。見飽きなかったので、の意。
三句「紅葉葉の」 紅葉した葉。散る前と散った後とを一つの言葉でつなぐ。
四句「散りしく庭を」 散って一面に敷き詰めた庭を。巻第一の第三十七首「桜花散りしく庭を払はねば」と語句を共有し、春は散り敷く桜を雪に見立て、冬は散り敷く紅葉をそのまま愛でるという対照になっている。
結句「払はでぞ見る」 「で」は打消の接続助詞、「ぞ」は係助詞で「見る」(連体形)と係り結び。掃き払わずに眺める、と散った後までの愛着を強める。
ちりしく:散って一面に敷きつめる
はらふ:掃いて取り除く
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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ひさぎ生ふる沢辺のちはら冬来れば ひばりの床ぞあらはれにける
- 次の歌
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色々に染むる時雨に紅葉葉は 争ひかねて散りはてにけり