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もろともに山めぐりする時雨かな
ふるにかひなき身とは知らずや

歌の意味
私と一緒に山を巡るように降る時雨であることよ。降っても甲斐のない、生きていても甲斐のないこの身だとは知らないのか。
鑑賞
巻第四 冬歌 149

詞書「東山に百寺拝み侍りけるに、時雨のしければよめる」
 東山の多くの寺を巡拝していたところ時雨が降ってきたので、山から山へ移ってゆく時雨を巡礼の道連れに見立てた歌である。下句では「ふる」と「かひ」に二重の意味を込め、生きる甲斐もない我が身を時雨に向かって自嘲している。
 東山は京の鴨川の東に連なる山々で、多くの寺院があった。作者の藤原道雅は若くして不遇に沈んだ人で、その屈折した心境がにじむ。

 初句「もろともに」 一緒に、の意。作者と時雨とが連れ立つ姿を示す。
 二句「山めぐりする」 時雨が山から山へ移り降る様子と、作者が東山の寺々を巡ることとを重ねている。
 三句「時雨かな」 「かな」は詠嘆で、三句切れとなる。本巻の第百四十三首以来の時雨の歌の一つである。
 四句「ふるにかひなき」 「ふる」は時雨が「降る」とこの世に「経る」の掛詞、「かひ」は「甲斐」と山あいの「峡」の掛詞で、山の縁語にもなっている。
 結句「身とは知らずや」 「や」は疑問。そんな身だと知らないのか、と時雨に問いかける形で嘆きを吐露する。

やまめぐり:山々を巡ること。時雨が山を移り降る意と寺巡りの意を重ねる
ふる:時雨が降る意と、この世に生き長らえる意の「経る」とを掛ける
かひ:生きる甲斐の意と、山あいを指す「峡」とを掛ける
作者
藤原道雅
出典
詞花和歌集
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秋はなほ木の下陰も暗かりき 月は冬こそ見るべかりけれ
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庵さすならの木陰に漏る月の 曇ると見れば時雨降るなり