日暮らしに山路の昨日時雨しは
富士の高嶺の雪にぞありける
- 歌の意味
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昨日一日中、山路で時雨が降っていたのは、富士の高嶺では雪として降っていたのだったよ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 155
詞書「題しらず」
昨日一日、山道を行く間に降っていた時雨が、今日見上げると富士の高嶺を白く染める雪となっていたと気づく歌である。麓の時雨と高嶺の雪とを同じ一つの降り物として結びつけ、高さによる季節の違いを鮮やかに示している。
正保版本では本歌と次歌の順序が前後しており、次歌の「題しらず」を受ける形になっている。
初句「日暮らしに」 一日中、の意。
二句「山路の昨日」 昨日の山道で、の意。時と場所とを重ねて示す。
三句「時雨しは」 「し」は過去「き」の連体形で、時雨が降ったのは、と体言化する。これまでの時雨の歌を受け、時雨が雪へと転じる。
四句「富士の高嶺の」 駿河の富士山の高い峰。前歌の吉野に続き、雪の山が詠まれる。
結句「雪にぞありける」 「ぞ」は係助詞で「ける」と係り結び。実は雪だったのだと気づく詠嘆である。
ひぐらし:朝から晩まで、一日中
しぐる:時雨が降る
- 作者
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大江嘉言
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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年を経て吉野の山に見なれたる 目に珍しき今朝の初雪
- 次の歌
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奥山の岩垣紅葉散りはてて 朽葉が上に雪ぞ積もれる