君が代は白雲かかる筑波嶺の
峰の続きの海となるまで
- 歌の意味
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わが君の御代は、白雲のかかる筑波嶺の、その峰に連なる山並みが海となってしまうまで、いつまでも続いてほしい。
- 鑑賞
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巻第五 賀歌 164
高くそびえる山並みが海に変わるという、ありえないほどの天地の変化を引き合いに出し、御代が果てしなく続くことを願った歌である。
小さな石が巌となるまでと詠む『古今和歌集』賀歌「わが君は千代に八千代に」と同じく、気の遠くなる時の長さで治世の永続を表す発想であるが、ここでは高い山が海へと沈むという逆向きの変化を用いている。結句を「まで」で止め、続く願いの言葉を省いた余情も味わいどころである。
初句「君が代は」は、本巻巻頭の第百六十一首「君が代に」と同じ語で始まり、祝う対象を正面から掲げる。
二句「白雲かかる」は、峰に白雲がかかるほどの山の高さを示す。
三句「筑波嶺の」は、常陸国の歌枕で、古くから歌垣の山として知られる筑波山を指す。
四句「峰の続きの」は、筑波の峰から連なる山並みをいう。「の」を重ねて言葉を重々しく畳みかけている。
結句「海となるまで」は、山並みが海になるまでという誇張表現である。下に「続け」などの願いの語が省略され、余情を残して結ばれる。
つくばね:常陸国の筑波山、男体と女体の二つの峰をもつ歌枕
つづき:連なっていること、山並み
- 作者
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能因
- 出典
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詞花和歌集
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過ぎ来にしほどをば捨てつ今年より 千代の数積む住吉の松
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榊葉を手に取り持ちて祈りつる 神の代よりも久しからなむ