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誰にとか池の心も思ふらむ
底に宿れる松の千歳は

歌の意味
いったい誰のためのものと、池の心も思っているのだろうか。水底に影を映して宿っている、この松の千年の齢は。
鑑賞
巻第五 賀歌 169

 池の水面に映る松の影を、池が水底に抱き宿している千年の齢と見立て、それが誰のためのものかと問いかけることで、池のほとりに住む主人の長寿を言祝いだ歌である。
 池に「心」があるかのように擬人化し、答えを言わずに問いの形で祝う相手を指し示す婉曲な表現が、品のよい祝意を生んでいる。庭園の池と松という邸宅の景にふさわしい一首である。

 初句「誰にとか」は、係助詞「か」による疑問で、誰のためと思うのかを問いかける。
 二句「池の心も」は、池を擬人化して「心」をもたせた表現で、係助詞「も」が人と同じように池もという含みを添える。
 三句「思ふらむ」は、現在推量の助動詞「らむ」の連体形で、係助詞「か」の結びとなる係り結びである。ここで三句切れとなり、下の句と倒置の関係にある。
 四句「底に宿れる」は、松の影が水底に映っていることをいう。巻頭の第百六十一首「底清み」と、水底を詠む点で呼応している。
 結句「松の千歳は」は、倒置によって主題を最後に示す。「千歳」は第百六十一首の「千歳を経つつ」と同じ語で、本巻で「住吉の松」へと続く松の系列の起点ともなっている。

やどる:水面などに影が映ってとどまる
作者
恵慶
出典
詞花和歌集
前の歌
ひととせを暮れぬとなにか惜しむべき 尽きせぬ千代の春を待つには
次の歌
君が代の久しかるべきためしにや 神も植ゑけむ住吉の松