住吉の現人神の久しさに
松もいくたび生ひかはるらむ
- 歌の意味
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住吉の現人神が鎮まってきた久しい年月のうちに、千年の齢をもつ松でさえ、いったい幾度生え替わってきたのだろうか。
- 鑑賞
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巻第五 賀歌 171
千年の長寿の象徴である松でさえ、住吉の現人神の久しさの前では幾度も生え替わってきたにちがいない、と神の永遠を讃えた歌である。神の久しさを讃えることが、そのまま神に守られる御代の永続を願う祝意となっている。
長寿の象徴をさらに上回る時間を示す発想が雄大で、詞花和歌集巻第五「賀」の巻末を飾るにふさわしい一首である。
初句「住吉の」は、前歌の結句「住吉の松」を受けて巻を閉じる。巻頭の第百六十一首の結句「すまむ」と、巻末の初句「住吉」とが「すむ」の響きで呼応し、清らかな水の歌に始まった賀の巻が住吉の神の歌で結ばれている。
二句「現人神の」は、人の姿をとって現れる神の意で、ここでは住吉明神を指す。第百六十五首、前歌第百七十首と続いた神を詠む歌の流れの到達点である。
三句「久しさに」は、形容詞「久し」の名詞形で、神の鎮座してきた長い時を示す。
四句「松もいくたび」は、係助詞「も」で千年の松でさえという意を添える。前歌まで長寿の象徴として詠まれてきた松を、ここではあえて神の時間に比べて短いものとして扱っている。
結句「生ひかはるらむ」は、現在推量の助動詞「らむ」で、目に見えない長い時の移り変わりを推し量って結ぶ。
あらひとがみ:人の姿をとって現れる神、ここでは住吉明神
おひかはる:生え替わる
- 作者
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源経信
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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君が代の久しかるべきためしにや 神も植ゑけむ住吉の松
- 次の歌
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都にておぼつかなさをならはずは 旅寝をいかに思ひやらまし