わが恋は吉野の山の奥なれや
おもひいれども逢ふ人もなし
- 歌の意味
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わたしの恋は吉野の山の奥なのだろうか。どんなに深く思い入っても、逢う人もいない。
- 鑑賞
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巻第七 恋歌上 212
深く思いつめても相手に逢えない恋を、分け入っても人に出会わない吉野山の奥にたとえた一首である。吉野は山深く隠れ住む地として詠まれる歌枕で、その奥深さに恋の思いの深さと孤独を重ねている。
初句「わが恋は」は、係助詞「は」で自分の恋を主題として示す。本巻の第百九十三首と同じ初句で、夢に慰める恋と、山奥で人に逢えない恋とが詠み分けられている。
二句「吉野の山の」は、大和国の歌枕で、山深い遁世の地として詠まれた。
三句「奥なれや」は、已然形に「や」が付いた疑問で、奥だからだろうかという意を表す三句切れである。
四句「おもひいれども」は、深く思い込む意の「思ひ入る」と、山の奥へ入る意とを掛けている。
結句「逢ふ人もなし」は、山中で人に出会わない意と、恋しい人に逢えない意とを重ねて結ぶ。
おもひいる:深く思い込む意と、山の奥に分け入る意を掛ける
- 作者
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藤原顕季
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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風をいたみ岩打つ波のおのれのみ くだけてものを思ふころかな
- 次の歌
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胸は富士袖は清見が関なれや 煙も波も立たぬ日ぞなき