夕霧に佐野の舟橋音すなり
手馴れの駒の帰り来るかも
- 歌の意味
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夕霧の中で佐野の舟橋が音を立てているようだ。乗り馴れた馬が帰ってくるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 328
夕霧に包まれて姿は見えないが、佐野の舟橋を渡る音が聞こえ、乗り馴れた馬が帰って来るのだろうかと思いやる一首である。霧に隠れた景を音でとらえ、帰りを待つ心をにじませている。
佐野の舟橋は上野国の歌枕で、万葉集の東歌にも詠まれている。本巻の第二百八十六首の、葦間に見えない舟を棹の音で知る歌とも、音で姿を知る趣向が通じている。
初句「夕霧に」は、夕方に立つ霧の中でという意で、姿の見えないことを示す。
二句「佐野の舟橋」は、上野国の歌枕で、舟を並べてつないだ橋をいう。
三句「音すなり」は、音から推定する助動詞「なり」で、音がするようだという三句切れである。
四句「手馴れの駒の」は、乗り馴れた馬をいう。
結句「帰り来るかも」は、詠嘆を含む疑問の「かも」で、帰って来るのだろうかと結ぶ。
ふなはし:舟を並べてつなぎ、板を渡した橋
てなれ:使い馴れていること
こま:馬
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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人の世に二たび死ぬるものならば 偲びけりやと試みてまし
- 次の歌
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住吉の波にひたれる松よりも 神のしるしぞあらはれにける