枯れ果つる藤の末葉の悲しきは
ただ春の日を頼むばかりぞ
- 歌の意味
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すっかり枯れてしまった藤の末の葉の悲しいことには、ただ春の日の光を頼みにするばかりだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 339
枯れかけた藤の末の葉を、藤原氏の末流である自分の不遇な身にたとえ、ただ春の日の恵みを頼みにするしかないと詠む一首である。「藤」に藤原氏を、「春の日」に藤原氏の氏神である春日の神の恵みを重ねたものと解され、一門の末に連なる身の嘆きと祈りが表れている。
本巻の第二百八十二首は、春日山の北の藤波に藤原北家の繁栄を詠んでおり、栄える藤と枯れゆく藤とが対照をなしている。
初句「枯れ果つる」は、すっかり枯れてしまうという意を表す。
二句「藤の末葉の」は、藤の枝先の葉をいい、藤原氏の末流である身を重ねている。
三句「悲しきは」は、係助詞「は」で悲しさを主題として取り立てる。
四句「ただ春の日を」は、春の日の光をいい、「春日」の神の恵みを響かせている。
結句「頼むばかりぞ」は、副助詞「ばかり」と係助詞「ぞ」で、頼みにするほかないと強く言い切って結ぶ。
すゑば:枝先の葉。転じて子孫、末流
かれはつ:すっかり枯れる
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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故郷へ我は帰りぬ武隈の まつとは誰に告げよとか思ふ
- 次の歌
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夜の鶴都のうちに放たれて 子を恋ひつつも泣き明かすかな