厭ひてもなほ惜しまるる我が身かな
二たび来べきこの世ならねば
- 歌の意味
-
この世を厭いながらも、やはり惜しく思われるわが身であることだ。二度と来ることのできるこの世ではないのだから。
- 鑑賞
-
巻第九 雑歌上 346
憂き世を厭わしく思いながらも、二度と生まれて来られるこの世ではないと思うと、やはりわが身が惜しまれると詠む一首である。世を捨てたい思いと、一度きりの生への愛着とのあいだで揺れる心を、率直に表している。
本巻の第三百二十七首も「二たび」の語を用い、二度死ねるならと仮定していた。一度きりの生と死をめぐる二首が響き合っている。
初句「厭ひても」は、係助詞「も」で、この世を厭わしく思いながらもという意を表す。
二句「なほ惜しまるる」は、自発の「る」の連体形で、やはり惜しく思われるという意を表す。
三句「我が身かな」は、詠嘆の「かな」で切れる三句切れである。
四句「二たび来べき」は、可能の「べし」の連体形で、二度来ることのできるという意を表す。
結句「この世ならねば」は、打ち消しの「ず」の已然形に「ば」が付いた確定条件で、この世ではないのだからと理由を倒置して結ぶ。
いとふ:嫌って避ける。世を厭う
- 作者
-
藤原季通
- 出典
-
詞花和歌集
- 前の歌
-
行く末のいにしへばかり恋しくは 過ぐる月日も嘆かざらまし
- 次の歌
-
難波江の葦間に宿る月見れば 我が身一つも沈まざりけり