難波江の葦間に宿る月見れば
我が身一つも沈まざりけり
- 歌の意味
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難波江の葦の間に映って宿る月を見ると、沈んでいるのはわが身一つだけではなかったのだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 347
難波江の葦の間の水に月が沈むように映っているのを見て、不遇に沈んでいるのは自分一人ではなかったと詠む一首である。水底に沈む月に自らの沈淪を重ね、不遇の嘆きをわずかな慰めへと転じている。
雑歌上の巻末に置かれた撰者顕輔の歌である。巻頭の第二百七十二首が摂津国の三島江の霞を詠んだのに対し、巻末では同じ摂津国の難波江の月を詠み、水辺の名所で巻の始めと終わりが呼応している。
初句「難波江の」は、摂津国の歌枕である難波江をいう。本巻の第二百八十六首も同じ初句で始まっている。
二句「葦間に宿る」は、葦の間の水面に月が映っていることをいう。
三句「月見れば」は、已然形に「ば」が付いた確定条件で、月を見るとという意を表す。
四句「我が身一つも」は、わが身一つだけがという意を表す。
結句「沈まざりけり」は、打ち消しの「ず」と詠嘆の「けり」で、沈んでいたのはわが身だけではなかったと気づいて結ぶ。「沈む」には、水に映る月の沈む意と、不遇に沈む意とを重ねている。
あしま:葦の生えている間
しづむ:水に沈む。また不遇の境遇にある
- 作者
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藤原顕輔
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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厭ひてもなほ惜しまるる我が身かな 二たび来べきこの世ならねば
- 次の歌
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葦火焚くまやの住処は世の中を あくがれ出づる門出なりけり