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三日月のまた有明になりぬるや
憂き世をめぐるためしなるらむ

歌の意味
三日月がまた有明の月になってしまったのは、このつらい世をめぐり続けることの例なのだろうか。
鑑賞
巻第十 雑歌下 351

 三日月が満ち欠けを経て、また有明の月になったのを見て、それこそ憂き世を生まれ変わりつつめぐり続けることの例なのだろうかと詠む一首である。月の満ち欠けのくり返しに、生死をくり返す輪廻の思いを重ねている。
 前の二首の「なるらむ」に続き、ここでも「なるらむ」で結んでいる。本巻の第四百八首、巻末の第四百十五首も有明の月を詠み、有明の月が本巻の初めと終わりに置かれている。

 初句「三日月の」は、陰暦三日ごろの細い月をいう。
 二句「また有明に」は、月が満ちて欠け、また明け方の空に残る有明の月となることをいう。
 三句「なりぬるや」は、完了の「ぬ」の連体形と係助詞「や」で、なってしまったのはという問いを示す。
 四句「憂き世をめぐる」は、つらいこの世を生まれ変わりつつめぐることをいい、月がめぐる意を重ねている。
 結句「ためしなるらむ」は、断定の「なり」と現在推量の「らむ」の連体形で「や」を受けて結ぶ係り結びで、その例なのだろうかと結ぶ。

ありあけ:明け方の空に月が残ること。また明け方の月
ためし:例、先例
めぐる:回る。生まれ変わりをくり返す
作者
藤原教長
出典
詞花和歌集
前の歌
昔見し雲居を恋ひて葦鶴の 沢辺に鳴くや我が身なるらむ
次の歌
散る花にまたもや逢はむおぼつかな その春までと知らぬ身なれば