散る花にまたもや逢はむおぼつかな
その春までと知らぬ身なれば
- 歌の意味
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散る花に、また会うことができるだろうか。心もとないことだ。次の春まで生きていられるとも分からない身なのだから。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 352
散る花を前に、来年の春にまた会えるだろうかと危ぶむ一首である。次の春まで生きていられるかどうかも分からない身の上を思い、花との別れに命のはかなさを重ねている。
本巻の第三百五十八首も「またもや春に逢はむとすらむ」と詠み、花と鶯とで、ふたたび春に逢えるかを危ぶむ心が響き合っている。巻第九の第二百七十七首も、花より先に世を去るかもしれない身を詠んでいる。
初句「散る花に」は、散っていく桜の花をいう。
二句「またもや逢はむ」は、係助詞「や」と推量の「む」の連体形による係り結びで、また会えるだろうかという二句切れである。本巻の第三百五十八首も「またもや」と詠む。
三句「おぼつかな」は、形容詞「おぼつかなし」の語幹で、心もとないことよと嘆く三句切れである。本巻の第三百六十一首も同じ語を用いている。
四句「その春までと」は、来年の春までをいう。
結句「知らぬ身なれば」は、打ち消しの「ず」の連体形と、断定の「なり」の已然形に「ば」が付いた確定条件で、知らない身であるからと、理由を倒置して結ぶ。
はな:ここでは桜の花
- 作者
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藤原実方
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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三日月のまた有明になりぬるや 憂き世をめぐるためしなるらむ
- 次の歌
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朝な朝な鹿のしがらむ萩が枝の 末葉の露のありがたの世や