よそに見し尾花が末の白露は
あるかなきかの我が身なりけり
- 歌の意味
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これまで他人事として見ていた尾花の穂先の白露は、あるかないかも分からないほどはかない、わが身そのものであった。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 355
かつては自分とは関わりのないものとして眺めていた尾花の先の白露が、実は今にも消えそうなわが身の姿であったと気づく一首である。他人事であった景がわが身のことになるという転換に、無常を実感する思いが表れている。
本巻の第三百五十三首の萩の末葉の露に続き、草葉の末の露に命のはかなさを重ねている。第三百四十九首、第三百五十首が「我が身なるらむ」と問いかけたのに対し、ここでは「我が身なりけり」と言い切っている。
初句「よそに見し」は、過去の「き」の連体形で、他人事として見ていたという意を表す。本巻の第三百五十九首も「よそに聞かむ」と、無常を他人事とする思いを詠んでいる。
二句「尾花が末の」は、すすきの穂の先をいう。
三句「白露は」は、白く光る露をいい、係助詞「は」で取り立てる。
四句「あるかなきかの」は、あるかないか分からないほどはかないという意を表す。
結句「我が身なりけり」は、断定の「なり」と詠嘆の「けり」で、それがわが身であったと気づいて結ぶ。
をばな:すすきの穂
すゑ:先端
しらつゆ:白く光る露
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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花薄招かばここにとまりなむ いづれの野辺もつひの住処ぞ
- 次の歌
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かくしつつ今はとならむ時にこそ 悔しきことのかひもなからめ