網代には沈む水屑もなかりけり
宇治のわたりに我や住ままし
- 歌の意味
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網代には、沈んでしまう水屑さえもなかったのだ。それならば宇治のあたりに、わたしは住んでみようか。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 366
宇治川の網代には流れてきた水屑もかかってしまい、沈むものがないのを見て、それならば不遇に沈んでいる自分も宇治のあたりに住もうかと詠む一首である。水屑に自分を重ね、沈まずにすむ場所を求める心を、軽い興趣をこめて表している。
初句「網代には」は、川に竹や木を編んで仕掛け、魚を捕る網代をいう。
二句「沈む水屑も」は、水に沈む水屑をいい、不遇に沈む身を重ねている。
三句「なかりけり」は、詠嘆の「けり」による三句切れである。
四句「宇治のわたりに」は、網代で知られた山城国の宇治のあたりをいう。
結句「我や住ままし」は、係助詞「や」と、ためらいを含む意志の「まし」の連体形による係り結びで、住もうかしらと結ぶ。
あじろ:川に竹や木を編んで立て、魚を捕る仕掛け
みくづ:水中のごみ。水屑
わたり:あたり、付近
- 出典
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詞花和歌集
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我が思ふことの繁さにくらぶれば 信太の森の千枝は数かは
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大原やまだ炭竈も習はねば 我が宿のみぞ煙絶えたる