風越の峰の上にて見る時は
雲は麓のものにぞありける
- 歌の意味
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風越の峰の上から見るときは、雲は麓のものであったのだなあ。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 389
信濃国の風越の峰に登って見下ろすと、ふだん空高くにあると思っていた雲が、麓のあたりにたなびいていたと詠む一首である。高い峰から雲を見下ろすという新鮮な発見を、驚きをこめて表している。
前歌の第三百八十八首と同じく「見る時は」で三句を結び、旅先で見る景を詠む歌が続いている。巻第九の第三百二首が、白雲のかかる香具山の峰でも月は同じ高さに見えたと詠んだのと、峰の上からの眺めという点で通じている。
初句「風越の」は、信濃国の歌枕である風越の峰をいう。
二句「峰の上にて」は、峰の頂でという意を表す。
三句「見る時は」は、前歌と同じ三句である。
四句「雲は麓の」は、係助詞「は」で雲を取り立て、山のすその意の「麓」を示す。
結句「ものにぞありける」は、係助詞「ぞ」と詠嘆の「けり」の連体形による係り結びで、麓のものであったのだと結ぶ。
かざこしのみね:信濃国の山。歌枕
ふもと:山のすそ
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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都にて眺めし月を見る時は 旅の空とも覚えざりけり
- 次の歌
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昔見し垂井の水は変はらねど 映れる影ぞ年を経にける