昔見し垂井の水は変はらねど
映れる影ぞ年を経にける
- 歌の意味
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昔見た垂井の清水は変わらないけれども、そこに映っているわたしの姿は年をとってしまった。
- 鑑賞
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巻第十 雑歌下 390
美濃国の垂井の清水を久しぶりに訪れ、水は昔と変わらないのに、水に映る自分の姿はすっかり年老いていたと詠む一首である。変わらない自然と老いていく人とを対比させ、歳月の流れを実感する思いを表している。
巻第九の第二百九十首が、池に映る月は変わらず眺める人の姿が変わったと詠んだのと、同じ主題を水に映る自らの姿で詠んでいる。
初句「昔見し」は、過去の「き」の連体形で、かつて見たという意を表す。本巻の第三百五十首も同じ初句で始まる。
二句「垂井の水は」は、美濃国の歌枕である垂井の清水をいう。
三句「変はらねど」は、打ち消しの「ず」の已然形と逆接の「ど」で、変わらないけれどもという意を表す。
四句「映れる影ぞ」は、存続の「り」の連体形で、水に映っている姿をいい、係助詞「ぞ」で強める。
結句「年を経にける」は、完了の「ぬ」と詠嘆の「けり」の連体形で「ぞ」を受けて結ぶ係り結びで、年をとってしまったと結ぶ。
たるゐ:美濃国の地名。清水で知られた歌枕
かげ:姿
- 出典
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詞花和歌集
- 前の歌
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風越の峰の上にて見る時は 雲は麓のものにぞありける
- 次の歌
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思ひ出もなき故郷の山なれど 隠れゆくはたあはれなりけり