- 歌の意味
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三笠山を目指してやって来たことだ。昔の行幸の跡を尋ねて。
- 鑑賞
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巻第十一 異本歌 418
三笠山の麓の春日社を目指してやって来たのは、昔の行幸の跡を尋ねるためであったと詠む一首である。先例となった行幸の跡をたどって参ることに、先の御代の盛儀を受け継ぐ思いがこめられている。
本テキストでは作者が番号外とされているが、千載和歌集の神祇部に上東門院の歌として収められている。その詞書には、後一条天皇の御代に初めて春日社への行幸があったとき、一条天皇の御代の例を思い出されて詠まれたとある。上東門院は一条天皇の中宮で、後一条天皇の母にあたる。
本巻の第四百十六首と同じく三笠山を詠み、そこでは峰にさす朝日に御代をことほいだのに対し、ここでは三笠山を目指して古い御幸の跡を尋ねている。
初句「三笠山」は、大和国の歌枕で、春日社の背後にある山をいう。本巻の第四百十六首も三句に三笠山を詠む。
二句「さして来にけり」は、目指しての意の「さして」と、完了の「ぬ」、詠嘆の「けり」で、目指してやって来たことだという二句切れである。「さす」は三笠山の「笠」の縁語で、本巻の第四百十六首の「ささむ」とも響き合う。
三句「石上」は、「古る」にかかる枕詞で、四句の「古き」を導く。
四句「古き御幸の」は、昔の行幸をいい、千載和歌集の詞書に照らせば一条天皇の御代の春日行幸を指す。
結句「跡を尋ねて」は、行幸の跡を尋ねてという意で、目的を倒置して結ぶ。
いそのかみ:「古る」にかかる枕詞
みゆき:天皇の外出。行幸
さす:目指す。笠の縁で「差す」が響く
たづぬ:探し求める
- 出典
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麓をば宇治の川霧立ちこめて 雲居に見ゆる朝日山かな