さりともと思ひしほどに梅の花
散り過ぐるまで君が来まさぬ
- 歌の意味
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いくらなんでも来てくださるだろうと思っているうちに、梅の花がすっかり散ってしまうまで、あなたはおいでにならないことよ。
- 鑑賞
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春歌 28
詞書は前の歌に続き「梅の花をよめる」
いくらなんでも梅の盛りには来てくれるだろうと期待していたのに、花が散り過ぎるまでついに訪れてくれなかった人を恨めしく思う歌である。梅の花の時の移ろいに、待つ身のもどかしさと寂しさを重ねている。賀茂真淵は「さりとも」は後の世の言葉だと評している。
底本の結句は一字が読み取りにくく、通行の本文により「君が来まさぬ」とした。
初句「さりともと」は、そうはいってもいくらなんでもの意で、期待を込めた語である。真淵はこの語を後の世の言葉とみている。
二句「思ひしほどに」は、そう思っているうちにの意で、時の経過を示す。
三句「梅の花」は、待つ間の時を計るものとしての梅を示す。
四句「散り過ぐるまで」は、花がすっかり散ってしまうまでの意である。
結句「君が来まさぬ」の「来ます」は「来」の尊敬語で、打消の「ず」の連体形「ぬ」で結ぶ連体止めが詠嘆の余情を生む。前歌の第二十五首が人々の訪れを願ったのと対照的に、ここでは待つ人が来ない嘆きを詠む。
きます:「来」の尊敬語、おいでになる
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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わが袖に香をだに残せ梅の花 飽かで散りぬる忘れ形見に
- 次の歌
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鶯はいたくなわびそ梅の花 今年のみ散る習ひならねば