み吉野の山の山守花を見て
長々し日を飽かずもあるかな
- 歌の意味
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吉野の山の山守は、花を見て、長い春の日を飽きることもなく過ごしていることだなあ。
- 鑑賞
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春歌 48
詞書「弓あそびせしに芳野山のかたをつくりて山人の花見たる所をよめる」
弓の遊びの催しで吉野山をかたどった作り物を設け、山人が花を見ている場面を作ったものに寄せて詠んだ歌である。吉野の山守が長い春の一日を花を見て飽きることなく過ごすさまをうらやむように描き、花を愛でる心を作り物の人物に託している。
類従本では詞書に異同があり、定家所伝本では三句に異同がある。底本の詞書は一字が読み取りにくく、「つくりて」とした。「長々し」は柿本人麻呂の「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」の語を思わせるが、ここでは夜でなく春の日の長さに用いている。
初句「み吉野の」は、作り物の主題である吉野山を示す。前歌の第四十七首から吉野の歌が続く。
二句「山の山守」は、山を守る番人で、作り物の山人を指す。「山」を重ねて調子を整えている。
三句「花を見て」は、作り物の場面をそのまま言い表している。
四句「長々し日を」は、長い春の日をの意である。
結句「飽かずもあるかな」の「かな」は詠嘆で、飽きることもなく過ごすことへの感嘆を表す。
やまもり:山の番人
ゆみあそび:弓を射る遊び、射芸の催し
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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み吉野の山下陰の桜花 咲きて立てりと風に知らすな
- 次の歌
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み吉野の山に入りけむ山人と なりみてしがな花に飽くやと