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桜花咲き散る見れば山里に
我ぞ多くの春は経にける

歌の意味
桜の花が咲いては散るのを見ていると、私はこの山里で多くの春を過ごしてきたのだなあ。
鑑賞
春歌 57

詞書「同じ心を人々によませしついでに」
 前歌と同じ「山家に花見る」の心を、人々に詠ませた折の作である。山里で桜が咲いては散るのを繰り返し見てきたことに思い至り、自分が多くの春をここで過ごしてきたと感慨にふける歌である。賀茂真淵は「是も」と評し、前歌と同様、中ごろの歌の中では少しよいとしている。
 類従本では詞書を「山家見花といふ事を人々数多つかうまつりし次に」とする。底本の結句は一字が読み取りにくく、通行の本文により「春は経にける」とした。

 初句「桜花」は、題の花を示す。
 二句「咲き散る見れば」は、咲いては散るのを見ていると、の意で、繰り返される花の盛衰を示す。
 三句「山里に」は、題の「山家」を受ける。
 四句「我ぞ多くの」の「ぞ」は係助詞で、我が身に引きつけて歳月の長さを強調する。
 結句「春は経にける」の「ける」は「ぞ」の結びの連体形で、多くの春を経てきたことへの詠嘆を表す。前歌の第五十六首が一日の長居を詠んだのに対し、ここでは山里で過ごした歳月を詠み、同じ題を一日と歳月という異なる尺度で捉えている。

ふ:年月を過ごす、経る
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
時の間と思ひて来しを山里に 花見る見ると長居しぬべし
次の歌
花を見むとしも思はで来し我ぞ 深き山路に日数経にける