- 歌の意味
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山桜の、今はもう散りぎわという頃の花の枝に、夕べの雨の露がこぼれ落ちている。
- 鑑賞
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春歌 87
詞書は前の歌に続き「雨中夕花」
今まさに散ろうとしている山桜の枝から、夕方の雨の露がこぼれ落ちるさまを詠む。散りぎわの花と、こぼれる露とが重なり、花を惜しむ涙のようにも感じられる歌である。賀茂真淵は下の句がこの作者には似つかわしくないと評している。
初句「山桜」は、前歌の第八十六首と同じ詠み出しである。
二句「今はの頃の」の「今は」は最期の時の意で、散りぎわを示す。前歌の「あだに散りにし」がすでに散った花であるのに対し、ここではまさに散ろうとする花を詠み、時の前後が対をなしている。
三句「花の枝に」は前歌と同じ句である。
四句「夕べの雨の」も前歌と同じ句で、二首は同じ景を少しずつ変えて詠んでいる。
結句「露ぞこぼるる」は係助詞「ぞ」と連体形による係り結びで、前歌の「露の残れる」に対し、こぼれる露の動きを詠む。
いまは:最期の時、終わりの時
え:枝
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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山桜あだに散りにし花の枝に 夕べの雨の露の残れる
- 次の歌
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今年さへ訪はれで暮れぬ桜花 春もむなしき名にこそありけれ