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散りぬれば訪ふ人もなし故郷は
花ぞ昔の主なりける

歌の意味
花が散ってしまうと、訪ねてくる人もいない。この故郷は、花こそが昔からの主人だったのだ。
鑑賞
春歌 89

詞書は前の歌に続き「故郷惜花」
 花が散ると訪ねる人もいなくなる故郷では、人々を招き寄せていた花こそが昔からの主人だったのだと気づく歌である。人が去った後も変わらず咲き続ける花を、故郷のまことのあるじとみる懐旧の情を詠む。賀茂真淵は下の句が後の世の詠みぶりだと評している。
 この歌は『古今和歌集』の紀貫之の「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」を踏まえている。類従本と定家所伝本では二句以下に異同がある。底本は一部の文字が読み取りにくく、和歌データベースの本文によって補った。

 初句「散りぬれば」は、花が散ってしまうとの意の確定条件である。
 二句「訪ふ人もなし」は、訪れる人もいないの意で、ここで句切れとなる。
 三句「故郷は」は、題の「故郷」を受ける。
 四句「花ぞ昔の」の「ぞ」は係助詞で、花こそがと強調する。貫之の歌の「花ぞ昔の」をそのまま用いている。
 結句「主なりける」は「ぞ」の結びの連体形で結ぶ。本巻の第六十三首が「花も昔の主ならねば」と花のあるじの交代を嘆いたのに対し、ここでは花こそが昔からのあるじだと反転させている。

あるじ:主人、持ち主
とふ:訪れる、訪問する
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
今年さへ訪はれで暮れぬ桜花 春もむなしき名にこそありけれ
次の歌
さざ波や志賀の都の花盛り 風より先に訪はましものを