故郷は見しごともあらず荒れにける
影ぞ昔の春の夜の月
- 歌の意味
-
故郷はかつて見たようでもなく荒れてしまった。光だけが昔のままの、春の夜の月よ。
- 鑑賞
-
春歌 99
詞書「故郷春月」
故郷はかつて見たありさまとは変わり果てて荒れてしまったが、春の夜の月の光だけは昔のままだと詠む。移り変わる人の世と変わらぬ自然とを対比させた懐旧の歌である。
類従本では詞書を「故郷春月といふ事をよめる」とし、三句を「荒れにけり」とする。『古今和歌集』の在原業平の「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」は、変わらぬはずの月と春を疑うことで我が身の思いを詠んだが、本歌は月だけが昔のままと詠み、発想を反転させている。
初句「故郷は」は、題の「故郷」を受ける。
二句「見しごともあらず」は八音の字余りで、かつて見たようではないの意である。
三句「荒れにける」は連体形で言いさす形となり、荒廃への嘆きを余情として込めて、ここで句切れとなる。
四句「影ぞ昔の」の「影」は月の光で、係助詞「ぞ」によって光だけは昔のままと強調する。
結句「春の夜の月」は体言止めで、本巻の第九十七首と同じ結句である。本巻の第三十首が荒れた宿と昔の香の梅を対比したのと同じ構図を、月によって詠んでいる。
かげ:光
ふるさと:古く荒れた里、昔なじみの地
- 作者
-
源実朝
- 出典
-
金槐和歌集
- 前の歌
-
眺むれば衣手霞む久方の 月の都の春の夜の空
- 次の歌
-
たれすみて誰眺むらむ故郷の 吉野の宮の春の夜の月