- 歌の意味
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故郷の池の藤の花房は、いったい誰が植えて、昔を忘れない形見となっているのだろう。
- 鑑賞
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春歌 112
詞書は前の歌に続き「池辺藤花」
荒れた故郷の池に咲く藤を見て、いったい誰が植え、今も昔を忘れない形見として咲いているのだろうかと思いやる歌である。植えた人は去っても花は変わらず咲き続けるという、懐旧の思いを詠む。賀茂真淵は四句がまだ未熟だと評している。
初句「故郷の」は、本巻にたびたび詠まれてきた故郷の題を藤で受ける。
二句「池の藤波」は前歌の第百十一首と同じ句で、我が家の池の藤から故郷の池の藤へと場面を移している。
三句「誰植ゑて」は、誰が植えての意で、植えた人の不在を思わせる。
四句「昔忘れぬ」は、本巻の第三十一首の梅の「昔忘れぬ香」と同じ句で、真淵がまだ未熟と評した句である。
結句「形見なるらむ」の「らむ」は原因推量で、花が昔の形見となっていることを推し量る。
かたみ:過ぎ去った人や時を思い出すよすが
ふぢなみ:藤の花房が風に揺れるさまを波にたとえた語
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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いとはやも暮れぬる春かわが宿の 池の藤波うつろはぬまに
- 次の歌
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山吹の花のしづくに袖濡れて 昔おぼゆる玉川の里