玉藻刈る井手のしがらみ春かけて
咲くや川瀬の山吹の花
- 歌の意味
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玉藻を刈る井手のしがらみに、春をかけて咲いているのだなあ、川瀬の山吹の花は。
- 鑑賞
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春歌 115
詞書「款冬をよめる」
井手の川のしがらみのあたりに、春を通して咲く川瀬の山吹を詠む。しがらみに「かける」ことと春に「かけて」咲くこととを重ねた、調べの美しい歌である。賀茂真淵は合点を付し、「かけて」は本来ここからあちらへ及ぶ意であって山吹にこう言うのは理屈に合わず、『古今和歌集』の「梅が枝に来ゐる鶯春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつつ」を当時の人が読み誤ったものだとしながらも、この歌の調べのすぐれていることは賞すべきだと評している。
この歌は『新勅撰和歌集』に入集している。類従本では詞書を「山吹のちるを見て」とする。
初句「玉藻刈る」は「井手」にかかる修飾句で、美しい藻を刈る川辺を思わせる。
二句「井手のしがらみ」の「しがらみ」は、川の流れをせき止めるために杭を打ち竹や柴を絡めたものである。
三句「春かけて」は春にわたっての意で、しがらみに「かける」こととも響き合う。真淵が理屈に合わないと評した句である。
四句「咲くや川瀬の」の「や」は詠嘆の間投助詞で、咲いていることへの感動を表す。
結句「山吹の花」は体言止めで、次歌の第百十六首も同じ結句をもつ。
しがらみ:川の流れをせき止めるため、杭を打ち竹や柴を絡めたもの
たまも:美しい藻
かはせ:川の浅瀬
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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山吹の花の盛りになりぬれば 井手のわたりに行かぬ日ぞなき
- 次の歌
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玉藻刈る井手の川風吹きにけり 水泡に浮かぶ山吹の花