- 歌の意味
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声高く蛙が鳴いているようだ。井手の川の岸の山吹は、今ごろはもう散っているだろう。
- 鑑賞
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春歌 117
詞書「水底款冬といふ事を人々あまたつかうまつらせしついでに」
人々に「水底款冬」の題で多くの歌を詠ませた折の作である。井手の川で蛙がしきりに鳴く声を聞き、岸の山吹は今ごろもう散っているだろうと思いやる。蛙の声から季節の進みを感じ取る歌である。賀茂真淵は初句について、「声高み」の「み」は声が高くての意であるのに、作者は思い誤って用いていると評し、下にもこの「み」を誤ったものが多いと述べている。
類従本では「一本及印本所載歌」の部に収める。『古今和歌集』のよみ人しらずの「かはづ鳴く井手の山吹散りにけり花の盛りにあはましものを」を踏まえた一首である。
初句「声高み」は「名詞+形容詞の語幹+み」の形で、声が高いのでの意となる。真淵はこの「み」の用法を誤りと評した。
二句「蛙鳴くなり」の「なり」は音による推定で、ここで句切れとなる。本巻の第九十四首の「かはづ鳴くなり」と同じ句である。
三句「井手の川」は、蛙と山吹の名所井手の川を示す。
四句「岸の山吹」は、川岸に咲く山吹を示す。
結句「今は散るらむ」の「らむ」は現在推量で、目に見えない山吹の今を推し量る。前歌の第百十六首が水に浮かぶ山吹を見て詠んだのに対し、ここでは蛙の声から散る山吹を推し量っている。
かはづ:カジカガエル、また蛙
ゐで:山城国の地名井手。山吹と蛙の名所
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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玉藻刈る井手の川風吹きにけり 水泡に浮かぶ山吹の花
- 次の歌
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立ち返り見れども飽かず山吹の 花散る岸の春の川波