わが心いかにせよとか山吹の
うつろふ花にあらし立つらむ
- 歌の意味
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私の心をいったいどうしろというのか。色あせてゆく山吹の花に、嵐が吹き立っているのだろう。
- 鑑賞
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春歌 122
詞書「款冬に風の吹くを見て」
山吹に風が吹くのを見て、ただでさえ色あせてゆく花に嵐まで吹きつけるとは、私の心をどうしろというのかと嘆く歌である。散りゆく花を惜しむ心の行き場のなさを、強い問いかけの形で表している。賀茂真淵は結句の「あらし」はいかがなものかと評している。
類従本では「一本及印本所載歌」の部に収める。結句は諸本で異同が多く、類従本は「あらし立らん」、定家所伝本は四句と結句に異同があり、佐佐木信綱は『校註金槐和歌集』で「嵐らむ」と濁って読んでいる。底本の結句は読み取りにくい箇所があるため、ここでは類従本に近い「あらし立つらむ」とし、四句は「花に」と解した。
初句「わが心」は、嘆きの主体である作者自身の心を示す。
二句「いかにせよとか」の「か」は疑問の係助詞で、どうしろというのかと問う。
三句「山吹の」は、題の款冬を示す。
四句「うつろふ花に」の「うつろふ」は色あせる、散るの意で、すでに衰えはじめた花を示す。
結句「あらし立つらむ」は「か」の結びとして推量「らむ」の連体形で結ぶ係り結びである。前歌の第百二十一首で花を照り映えさせた風が、ここでは花を損なう嵐として詠まれ、対照をなしている。
うつろふ:花が色あせる、散る
あらし:山から吹きおろす激しい風
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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春雨の露の宿りを吹く風に こぼれて匂ふ山吹の花
- 次の歌
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おのづからあはれとも見よ春深み 散り残る岸の山吹の花