聞かざりき弥生の山の郭公
春加はれる年にはありしか
- 歌の意味
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これまで聞いたことはなかった、三月の山のほととぎすの声など。春が一月加わった年であったからなのだなあ。
- 鑑賞
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春歌 131
詞書「正月二つありし年の三月郭公の鳴くを聞きて」
正月が二度ある閏正月の年に、三月にほととぎすが鳴くのを聞いて詠んだ歌である。閏月のために暦が季節より遅れ、三月でありながら実際の季節はすでに夏で、夏の鳥であるほととぎすが鳴いたことに驚いている。暦と季節のずれを機知をもって捉えた一首である。賀茂真淵は、このように上の句へ返す言い方は万葉集にはないと評している。
類従本では詞書を「…年三月に郭公の鳴を聞てよめる」とし、類従本と定家所伝本では結句を「年はありしかど」とする。底本の結句の傍らには別の読みが添えられているが、ここでは本文に従う。
初句「聞かざりき」は、聞いたことがなかったの意で、過去の「き」で言い切り、ここで句切れとなる。
二句「弥生の山の」の「弥生」は陰暦三月で、春の最後の月を示す。
三句「郭公」は夏を告げる鳥で、三月に鳴くのは本来ありえないことを示す。
四句「春加はれる」は、閏月によって春が一月加わったの意である。
結句「年にはありしか」は、そういう年であったのかと得心する意で、真淵が評した、上へ返す言い方である。本巻の第五首が春なのに雪が降り続く季節のずれを詠んだのに対し、ここでは春なのに夏の鳥が鳴く逆のずれを詠み、巻の初めと終わりで対をなしている。
やよひ:陰暦三月
ほととぎす:夏を告げる鳥
くははる:加わる
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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惜しむとも今宵明けなば明日よりは 花の袂を脱ぎや替へさむ
- 次の歌
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見てのみぞ驚かれぬるぬばたまの 夢かと思ひし春の残れる