古典和歌stream

惜しみこし花の袂も脱ぎかへつ
人の心ぞ夏にはありける

歌の意味
名残を惜しんできた花の色の袂も、とうとう脱ぎ替えてしまった。人の心のほうが、もう夏になっていたのだ。
鑑賞
夏歌 133

詞書「更衣をよめる」
 陰暦四月一日の衣更えに、春の間着てきた花の色の衣を夏の衣に脱ぎ替えたことを詠んだ歌である。あれほど惜しんでいた春の衣をあっさり脱ぎ替えた自分に気づき、季節よりも先に人の心が夏へ移っていたと、軽い驚きと自嘲を込めて詠む。源実朝の家集『金槐和歌集』夏部の巻頭を飾る一首である。
 賀茂真淵は、「花の袂」とは後の世に桜の色に染めた衣をいうものであると評している。花の色に染めた袂を惜しんで衣更えをためらう趣向は、『拾遺和歌集』夏部の巻頭に置かれた源重之の「花の色に染めし袂の惜しければ衣かへうき今日にもあるかな」に先例があり、本歌はそれを受けて、惜しみながらも脱ぎ替えてしまった心の側から詠んでいる。

 初句「惜しみこし」は、春の間ずっと惜しんできたの意で、「こし」は「来」に過去の助動詞「き」の連体形が付いたものである。巻第一の第百三十首が、今宵が明ければ明日からは「花の袂」を脱ぎ替えるのだろうかと詠んだのを受け、春部の終わりと夏部の始まりがつながっている。
 二句「花の袂も」は、花の色に染めた衣の袖のことで、「も」は惜しんできたものさえもという意を添える。
 三句「脱ぎかへつ」の「つ」は完了の助動詞で、脱ぎ替えてしまったと言い切り、ここで句切れとなる。
 四句「人の心ぞ」の「ぞ」は係助詞で、季節ではなく人の心こそがと強く指し示す。
 結句「夏にはありける」は「ぞ」の結びの連体形で、「ける」は気づきの詠嘆を表す。本巻の巻末の第百七十九首が祓へによって身の汚れを「捨て」る歌であるのと、古いものを脱ぎ捨てて改める点で巻頭と巻末が呼応している。

ころもがへ:陰暦四月一日に、春の衣を夏の衣に改めること
たもと:袖、また衣そのもの
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
見てのみぞ驚かれぬるぬばたまの 夢かと思ひし春の残れる
次の歌
夏衣たつきの山の郭公 いつしか鳴かむ声を聞かばや