郭公必ず待つとなけれども
夜な夜な目をも覚ましつるかな
- 歌の意味
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ほととぎすを必ず待っているというわけではないのだけれど、毎夜毎夜、目を覚ましてしまったことだ。
- 鑑賞
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夏歌 139
詞書「待郭公」
ほととぎすを待つという題で詠んだ歌である。待っているつもりはないと言いながら、毎夜その声を聞こうと目を覚ましてしまう自分を描き、初音を待ちわびる心を逆説的に表している。
類従本では詞書を「郭公を待つといふ心を」とする。賀茂真淵は、二句と三句について作者の後の時期の詠みぶりであると評している。なお参照した底本の本文では四句に読み取れない字があり、定家所伝本の「よなよなめをも」によって補った。
初句「郭公」は、待つ対象を初めに示す。本巻の第百四十二首までの四首が「待郭公」の題で一連をなしている。
二句「必ず待つと」は、きっと待つというのでの意で、待つ気持ちを打ち消すための前置きとなる。
三句「なけれども」は逆接で、待っているわけではないけれどもと言う。次歌の第百四十首の「聞くとはなしに」、第百四十一首の「待たずしもあらず」とともに、待つ心をあえて打ち消す言い方が一連に共通している。
四句「夜な夜な目をも」は、毎夜毎夜、目までもの意で、待たないと言いながら眠りを妨げられる実際を示す。
結句「覚ましつるかな」の「つる」は完了の助動詞の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞で、目を覚ましてしまったことだと結ぶ。
よなよな:毎夜毎夜、夜ごと
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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五月待つ小田のますらをいとまなみ 堰き入る水に蛙鳴くなり
- 次の歌
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時鳥聞くとはなしに武隈の まつにぞ夏の日数経ぬべき