- 歌の意味
-
五月雨のしずくもまだ乾かない奥山の、真木の葉陰に隠れて鳴くほととぎすよ。
- 鑑賞
-
夏歌 153
詞書は前の歌に続き「郭公」
五月雨のしずくがまだ乾かない奥山で、真木の葉陰に隠れて鳴くほととぎすを詠んだ歌である。しっとりと濡れた深山の緑の中に、姿を見せず声だけを響かせる鳥を描いている。
賀茂真淵は二句を作者の後の時期の詠みぶりであると評している。「露もまだ干ぬ」「真木の葉」の取り合わせは、『新古今和歌集』の寂蓮の「村雨の露もまだ干ぬ真木の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮」に学んだものと見られ、秋の夕暮の景を夏のほととぎすへと移している。
初句「五月雨の」は、前歌の第百五十二首の初句「五月雨に」を受け、五月雨とほととぎすの一連を続けている。
二句「露もまだ干ぬ」の「干ぬ」は、乾かないの意で、「ぬ」は打ち消しの助動詞「ず」の連体形である。
三句「奥山の」は、人里離れた深い山をいう。
四句「真木の葉隠れ」は、杉や檜など良材となる木の葉の陰に隠れての意で、本巻の第百四十九首の「木隠れて」と同じく、姿の見えないほととぎすを描く。
結句「鳴く郭公」は体言止めで、声の主を最後に据えて余情を残す。
ひる:乾く
まき:杉や檜など、良材となる木の総称
はがくれ:葉の陰に隠れること
- 作者
-
源実朝
- 出典
-
金槐和歌集
- 前の歌
-
五月雨に夜の更けゆけば郭公 ひとり山辺を鳴きて過ぐなり
- 次の歌
-
五月雨の雲のかかれる巻向の 檜原が峰に鳴く郭公