五月山木高き峰のほととぎす
たそがれ時の空に鳴くなり
- 歌の意味
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五月の山の、木々が高く茂る峰のほととぎすが、たそがれ時の空に鳴いているようだ。
- 鑑賞
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夏歌 157
詞書は前の歌に続き「郭公」
青葉の茂る五月の山の、木々の高くそびえる峰に棲むほととぎすが、夕暮れの空に鳴く声を詠んだ歌である。高い峰と暮れてゆく空とを結ぶ声によって、初夏の夕べの広がりを描いている。
なお参照した底本の本文では二句の頭に読み取れない字があり、定家所伝本の「こたかきみねの」によって補った。
初句「五月山」は、青葉の茂った五月ごろの山をいう。
二句「木高き峰の」は、木々が高く茂る峰の意である。
三句「ほととぎす」は、峰に棲む鳥として据えられる。
四句「たそがれ時の」は夕暮れ時をいう。前歌の「朝な朝な」の朝の声に対し、本歌は夕暮れの声を詠み、朝と夕とで対をなしている。
結句「空に鳴くなり」の「なり」は音による推定で、空に響く声によって鳥の存在を感じ取っている。
さつきやま:五月ごろの青葉の茂った山
たそがれどき:夕暮れ時
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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玉くしげ箱根の山の郭公 向かふの里に朝な朝な鳴く
- 次の歌
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皆人の名をしも呼ぶか郭公 鳴くなる声の里をとよむる