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いにしへを偲ぶとなしに故郷の
夕べの雨に匂ふ橘

歌の意味
昔をしのぼうとするわけでもないのに、古びた里の夕べの雨のなかで、橘の花が香っている。
鑑賞
夏歌 160

詞書「故郷盧橘」
 昔をしのぼうとしているわけではないのに、荒れた古里の夕べの雨の中で橘の花が香ると詠んだ歌である。昔をしのばせるものとされる橘の香りが、思いがけず懐旧の情を誘うさまを描いている。
 この歌は『続拾遺和歌集』に入集している。賀茂真淵は、『古今和歌集』の「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」の一首に頼って、後の人がその言葉だけで詠むのは未熟なことであり、本歌も作者の初期の歌だろうと評している。

 初句「いにしへを」は、過ぎ去った昔をいう。
 二句「偲ぶとなしに」は、しのぶというわけでもなくの意で、本巻の第百四十首と第百四十一首の「聞くとはなしに」と同じ言い回しを用いている。
 三句「故郷の」は、古くから人が住み、今は荒れた里をいう。
 四句「夕べの雨に」は、夕暮れの雨の中にの意で、しっとりとした雨が香りを際立たせる。
 結句「匂ふ橘」は体言止めで、香る橘を最後に据える。前歌の第百五十九首の「橘の花散る里」を受け、本歌では散る花から香る花へと焦点が移っている。

ふるさと:古くから人が住み、今は荒れた里
ろきつ:橘の漢名
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
郭公聞けども飽かず橘の 花散る里の五月雨のころ
次の歌
うたた寝の夜の衣に香るなり もの思ふ宿の軒の橘