五月雨に水まさるらむあやめ草
うれ葉隠れて刈る人もなし
- 歌の意味
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五月雨で水かさが増しているのだろう。あやめ草の葉先まで水に隠れて、刈る人もいない。
- 鑑賞
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夏歌 163
詞書「菖蒲」
五月雨で沼の水かさが増し、あやめ草が葉先まで水に隠れて、刈る人もいない様子を詠んだ歌である。前歌で葺かれたあやめ草に対し、本歌では刈られることなく水に沈むあやめ草を描いている。
類従本と定家所伝本では二句を「水まさるらし」、結句を「刈る人ぞなき」とする。底本の注記によれば、原本の四句は字句が異なり、校訂者が一本によって「うれ葉」と改めたもので、ここではその改訂に従う。なお参照した底本の本文では異文が本文と並んで見えるため、注記に照らして二句を「水まさるらむ」、結句を「刈る人もなし」とした。
初句「五月雨に」は、本巻の第百五十二首と同じ初句で、長雨の景を示す。
二句「水まさるらむ」の「らむ」は現在推量で、目の前の景から水かさが増しているのだろうと推し量り、ここで句切れとなる。
三句「あやめ草」は、前歌の第百六十二首の三句と同じ語で、二首が同じ草を詠んでいる。
四句「うれ葉隠れて」の「うれ葉」は葉の先のことで、葉先まで水に隠れていることを示す。
結句「刈る人もなし」は、刈る人もいないの意である。前歌では人が沼から引いてきたあやめ草を詠んだのに対し、本歌では誰も刈ることのできないあやめ草を詠み、対をなしている。
うれば:草木の枝先や葉の先
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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袖濡れて今日葺く宿のあやめ草 いづれの沼に誰か引きけむ
- 次の歌
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五月雨は心あらなむ雲間より 出で来る月を待てば苦しも