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野となりて跡は絶えにし深草の
露の宿りに秋は来にけり

歌の意味
すっかり野となって人の跡も絶えてしまった深草の、露の置く住まいに、秋はやって来たことだ。
鑑賞
秋歌 185

詞書「初秋の歌」
 荒れはてて野となり、人の訪れも絶えた深草の里の、露に濡れた住まいにも秋がやって来たと詠んだ歌である。人の気配のない荒れた里にも変わらず訪れる秋を描き、寂しさの漂う初秋の情景を捉えている。
 類従本では詞書を「秋のはじめの歌」とする。「野となりて」と「深草」の取り合わせは、『伊勢物語』第百二十三段や『古今和歌集』雑下に見える、深草の里に住む女が「野とならば鶉となりて鳴きをらむ」と返した歌を踏まえる。

 初句「野となりて」は、里が荒れはてて野原となっての意で、伊勢物語の深草の女の歌の言葉を受けている。
 二句「跡は絶えにし」は、人の訪れた跡が絶えてしまったの意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
 三句「深草の」は、山城国の地名である深草に、草深い意を響かせている。
 四句「露の宿りに」は、露ばかりが置き宿るような荒れた住まいにの意である。
 結句「秋は来にけり」は、前歌の第百八十四首の二句と同じ句で、次歌の第百八十六首も同じ結句をとる。人の住まない宿に秋が訪れるという趣向を、次歌と二首で詠み並べている。

ふかくさ:山城国(今の京都市伏見区)の地名。草深い意を響かせる
やどり:住まい、宿る所
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
うちはへて秋は来にけり紀の国や 由良の岬の海人のうけ縄
次の歌
住む人もなき宿なれど萩の葉の 露を尋ねて秋は来にけり