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ひとり行く袖より置くか奥山の
苔のとぼその道の夕露

歌の意味
ひとりで行く私の袖から置くのだろうか。奥山の、苔むした庵の戸へ続く道の夕露は。
鑑賞
秋歌 191

詞書は前の歌に続き「山家秋思」
 奥山の苔むした庵へ続く道にひとり分け入ると、夕露が袖を濡らす。その露は道に置いたものではなく、ひとり行く自分の袖から置いた涙なのだろうかと詠んだ歌である。山家の秋の寂しさを、露と涙を重ねて表している。
 類従本ではこの歌を雑部に収める。

 初句「ひとり行く」は、ただひとりで道を行くことをいい、山家の孤独を示す。
 二句「袖より置くか」の「か」は疑問で、露が袖から置くのか、すなわち涙ではないかと問いかけ、ここで句切れとなる。本巻の第二百四十五首も「袖に置くか露」と、袖の露を涙に重ねている。
 三句「奥山の」は、人里離れた深い山をいう。
 四句「苔のとぼその」は、苔むした庵の戸をいい、世を逃れた者の住まいを示す。
 結句「道の夕露」は体言止めで、倒置によって問いの対象を最後に示す。前歌の第百九十首に続き、題の「山家秋思」を詠んでいる。

とぼそ:扉、戸。「苔のとぼそ」で苔むした庵の戸
ゆふつゆ:夕方に置く露
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
事しげき世を逃れにし山里に いかで尋ねて秋の来つらむ
次の歌
天の川水泡逆巻き行く水の はやくも秋の立ちにけるかな