古典和歌stream

藤袴着て脱ぎかけし主や誰
問へど答へず野辺の秋風

歌の意味
この藤袴を着て、脱いで掛けていった持ち主は誰なのか。問いかけても答えはなく、野辺の秋風が吹くばかりである。
鑑賞
秋歌 215

詞書「蘭」
 野に咲く藤袴の香りを、誰かが着て脱ぎ掛けていった袴の残り香に見立て、その持ち主は誰かと問いかけても、答えるのは野辺を吹く秋風ばかりだと詠んだ歌である。花の名の「袴」から衣の主を思う機知と、答えのない秋の野の寂しさが表れている。
 藤袴を誰かが脱ぎ掛けた衣に見立てる趣向は、『古今和歌集』の素性法師の「主知らぬ香こそ匂へれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴ぞも」に先例があり、本歌はその問いを受けて、答える者のない野の秋風で結んでいる。なお参照した底本の本文では二句の頭に欠字があり、定家所伝本の「きてぬきかけし」によって補った。

 初句「藤袴」は、秋の七草の一つで、香りのよい花である。詞書の「蘭」は藤袴の漢名である。
 二句「着て脱ぎかけし」は、袴を着て、脱いで掛けたの意で、花の名の「袴」を衣に見立てている。
 三句「主や誰」の「や」は疑問で、その持ち主は誰かと問い、ここで句切れとなる。
 四句「問へど答へず」は、問いかけても答えないの意である。
 結句「野辺の秋風」は体言止めで、答えの代わりに吹く秋風を最後に示す。次歌の第二百十六首も藤袴とその主を詠み、本歌の答えのない問いに、主のいない荒れた庵の藤袴で応じるように並んでいる。

ふぢばかま:キク科の多年草。秋に淡い紫の花を咲かせ、よい香りがある。秋の七草の一つ
らん:藤袴の漢名
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
夕されば野路の刈萱うちなびき 乱れてのみぞ露も置きける
次の歌
秋風になに匂ふらむ藤袴 主は古りにし宿と知らずや