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鳴く鹿の声より袖に置くか露
もの思ふころの秋の夕暮

歌の意味
鳴く鹿の声を聞いたことから、袖に置いたのか、この露は。もの思いにふける頃の、秋の夕暮れよ。
鑑賞
秋歌 245

詞書「夕鹿」
 秋の夕暮れ、鳴く鹿の声を聞いたとたんに袖に置いたこの露は、鹿の声に誘われた涙なのだろうかと詠んだ歌である。もの思いにふける季節の夕暮れに、鹿の声と涙とを重ね、秋の寂しさを深く描いている。
 賀茂真淵は三句について、「置くか露」という言葉は一時の流行の言い方で聞きにくいと評している。

 初句「鳴く鹿の」は、前の鹿の一連を受け、題の「鹿」を示す。
 二句「声より袖に」の「より」は起点や原因を表し、鹿の声を聞いたことから袖にの意となる。
 三句「置くか露」の「か」は疑問で、露が置いたのか、すなわち涙ではないかと問い、ここで句切れとなる。本巻の第百九十一首の「袖より置くか」と同じく、袖の露を涙に重ねる言い方である。
 四句「もの思ふころの」は、もの思いにふける季節のの意である。
 結句「秋の夕暮」は体言止めで、題の「夕」を表す。本巻の第二百十三首と同じ結句である。

ものおもふ:思い悩む、もの思いにふける
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
秋萩の昔の露に袖濡れて 古きまがきに鹿ぞ鳴くなる
次の歌
山田守る庵にしをれば朝な朝な 絶えず聞きつるさを鹿の声