- 歌の意味
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稲葉の露に袖を濡らして、まるでもの思いをせよと言われているような身の上になってしまったことよ。
- 鑑賞
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秋歌 247
詞書は前の歌に続き「田家秋」
田の稲葉に置いた露に袖を濡らしているうちに、まるでもの思いをせよと言われているような身の上になってしまったことよと詠んだ歌である。田を守る暮らしの中で袖を濡らす露が、いつしか物思いの涙と重なっていくさまを描いている。
なお参照した底本の本文では結句が「なれるわが身」とあって一音足りず、類従本と定家所伝本の「なれるわがみか」によって補った。
初句「唐衣」は、衣の縁で三句の「袖」へとつながり、枕詞のような働きをしている。
二句「稲葉の露に」は、稲の葉に置いた露にの意で、題の「田家」の景を示す。本巻の第二百二十三首、第二百二十四首の稲葉を受けている。
三句「袖濡れて」は、露に袖が濡れての意で、涙をも思わせる。本巻の第二百四十四首の三句と同じ句である。
四句「物思へとも」は、もの思いをせよとでもいうようにの意である。
結句「なれる我が身か」の「る」は存続の助動詞「り」の連体形、「か」は詠嘆を表し、そのような身になってしまったことよと嘆く。前歌の第二百四十六首が田を守る庵で鹿の声を聞いたのに続き、本歌では稲葉の露に濡れる我が身を詠んでいる。
からごろも:中国風の美しい衣。衣の縁で「袖」「着る」などに続く
いなば:稲の葉
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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山田守る庵にしをれば朝な朝な 絶えず聞きつるさを鹿の声
- 次の歌
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小笹原夜半に露吹く秋風を ややさむしとや虫の鳴くらむ