わくらばに行きても見しが醒井の
古き清水に宿る月影
- 歌の意味
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たまさかにでも行って見てみたいものだ。醒井の古い清水に映る月の光を。
- 鑑賞
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秋歌 278
詞書「水辺月」
近江の醒井の古くからの清水に映る月の光を、たまさかにでも行って見てみたいものだと詠んだ歌である。名高い清水に宿る月を思い描き、まだ見ぬ水辺の月への憧れを素直に表している。
類従本ではこの歌を雑部に収める。なお参照した底本の本文では三句に欠字があり、字数と語の続きから「さめがゐの」と解した。
初句「わくらばに」は、たまさかに、まれにの意である。
二句「行きても見しが」の「しが」は自己の願望を表す終助詞で、行って見てみたいものだの意となり、ここで句切れとなる。
三句「醒井の」は、近江国の醒井の地名で、清水の名所である。
四句「古き清水に」は、古くから湧き出る清水にの意である。前歌の第二百七十七首の「おぼろの清水」に続き、本歌でも清水に宿る月を詠む。
結句「宿る月影」は体言止めで、清水に映る月の光を最後に示す。前歌が人の汲まない清水に住む月を詠んだのに対し、本歌ではその清水の月を自ら見に行きたいと願い、二首が並んでいる。
さめがゐ:近江国(今の滋賀県米原市)の地名。清水の名所
つきかげ:月の光
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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大原やおぼろの清水里遠み 人こそ汲まね月はすみけり
- 次の歌
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たまさかに見るものにもが伊勢の海の 清き渚の秋の夜の月