冬ごもりそれとも見えず三輪の山
杉の葉白く雪の降れれば
- 歌の意味
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冬ごもりの今は、それとも見分けがつかない三輪の山であるよ。目印の杉の葉が白くなるほど、雪が降っているので。
- 鑑賞
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冬歌 380
詞書「屏風の絵に三輪の山に雪の降れる気色を見侍りて」
屏風に描かれた、三輪の山に雪の降る景色を見て詠んだ歌である。冬ごもりの今は、三輪の山の目印である杉の葉まで雪で白くなり、それが三輪の山とも見分けられないと詠む。杉を目印とする三輪の山の古歌の趣を、雪景色に転じている。
類従本では詞書を「屏風に三輪の山に雪の降れる所」とする。『古今和歌集』のよみ人しらずの歌「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」以来、三輪の山は杉を目印として詠まれてきた。
初句「冬ごもり」は、冬の間こもっていることをいい、本巻の第三百七十四首の三句と同じ語である。
二句「それとも見えず」は、それとも見分けられないの意で、ここで句切れとなる。
三句「三輪の山」は、大和国の三輪山をいい、杉を神木とする。
四句「杉の葉白く」は、目印となる杉の葉までが雪で白くなっていることをいう。
結句「雪の降れれば」は、本巻の第三百七十六首、第三百七十七首と同じ結句で、見分けられない理由を最後に示す倒置の構成である。
ふゆごもり:冬の間、家にこもって過ごすこと
みわのやま:大和国(今の奈良県桜井市)の三輪山。杉が神木とされる
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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高砂の尾上の松に降る雪の ふりて幾世の年か積もれる
- 次の歌
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立ち上る煙はなほぞつれもなき 雪の朝の塩釜の浦