うち忘れはかなくてのみ過ぐし来ぬ
あはれと思へ身にも積もる年
- 歌の意味
-
何もかも忘れて、ただはかなく過ごしてきてしまった。あわれと思ってくれ、わが身にも積もっていく年よ。
- 鑑賞
-
冬歌 395
詞書は前の歌に続き「老人憐歳暮」
何もかも忘れたように、ただはかなく月日を過ごしてきてしまったと振り返り、わが身に積もっていく年に向かって、あわれと思ってくれと呼びかけた歌である。むなしく過ぎた歳月への悔いと、老いゆく身の寂しさを詠んでいる。
初句「うち忘れ」は、すっかり忘れての意で、「うち」は接頭語である。
二句「はかなくてのみ」は、ただはかなく、むなしくばかりの意である。
三句「過ぐし来ぬ」は、過ごしてきてしまったの意で、ここで句切れとなる。
四句「あはれと思へ」は、あわれと思ってくれの意で、命令の形で結句の「年」に呼びかけている。
結句「身にも積もる年」は字余りで、わが身に積もっていく年をいい、体言止めで呼びかけの相手を最後に示す。本巻の第三百九十一首では身に積もる罪を詠んだが、本歌では身に積もる年を詠んでいる。
すぐす:過ごす
- 作者
-
源実朝
- 出典
-
金槐和歌集
- 前の歌
-
老いぬれば年の暮れゆくたびごとに 我が身ひとつと思ほゆるかな
- 次の歌
-
足引の山より奥に宿もがな 年の来まじき隠れ家にせむ