わが背子を待乳の山の葛かづら
たまさかにだにくる由もがな
- 歌の意味
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いとしい人を待つという名の待乳山の葛かずらをたぐるように、たまにでもよいから来てくれる手立てがあればよいのに。
- 鑑賞
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恋歌 475
詞書は前の歌に続き「名所の恋の心をよめる」
いとしい人を待つという待乳山に生える葛かずらをたぐり寄せるように、たまにでもよいから恋人が来てくれる手立てがほしいと願った歌である。
この歌は『続古今和歌集』に入集している。類従本では「一本及印本所載歌」の部に収める。底本は結句に「なし」と傍記する。
初句「わがせこを」は、私のいとしい人をの意で、「待つ」へと続く。
二句「待乳の山の」は、紀伊国の歌枕の待乳山のの意で、「待つ」を掛ける。前二首の「まつ」「まて」を受けている。
三句「くずかづら」は、つる草の葛のことで、つるをたぐる意から「くる」を導く。
四句「たまさかにだに」は、たまにでもの意で、「だに」は最小限の願いを表す。
結句「くる由もがな」の「くる」は、つるを繰ることと人が来ることとを掛け、「もがな」は願望である。
せこ:女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語
くる:つるを手繰る意と、来る意を掛ける
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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唐衣着馴の里に君を置きて しま松の木の待てば苦しも
- 次の歌
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信夫山下行く水の年を経て 湧きこそ返れ逢ふよしをなみ