水茎の岡辺の真葛かれしより
身をあき風の吹かぬ日はなし
- 歌の意味
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岡辺の葛が枯れてから秋風が吹かない日がないように、あの人が離れていってから、私の身に飽きられたことを思わない日はない。
- 鑑賞
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恋歌 487
詞書は前の歌に続き「名所の恋の心をよめる」
岡辺の葛が枯れてから秋風の吹かない日がないように、あの人が離れていってからは、飽きられた身を嘆かない日はないと詠んだ歌である。「かれ」「あき」に二重の意味を持たせている。
この歌は『続後拾遺和歌集』に入集している。類従本では「一本及印本所載歌」の部に収める。賀茂真淵は四句の「身をあき風の」を後世風であると評している。
初句「水茎の」は、「岡」にかかる枕詞である。
二句「岡べの真葛」は、岡の辺りに生える葛の意で、葛は秋風に葉を裏返すことから恨みを連想させる。
三句「かれしより」は、葛が枯れてからの意と、人が離れていってからの意とを掛けている。
四句「身をあき風の」は、秋風と、身を飽きられることとを掛けている。
結句「吹かぬ日はなし」は、吹かない日はないの意で、二重否定で毎日であることを強めている。本巻の第四百五十一首の「ねがぬ日はなし」と同じ形の結句である。
みづぐき:枕詞
まくず:葛の美称
かる:草木が枯れる意と、人が離れる意を掛ける
あき:秋の意と、飽きの意を掛ける
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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思ひ絶えわびにしものを今さらに 野中の水の我を頼むる
- 次の歌
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風を待つ今はた同じ宮城野の 本荒の萩の花の上の露