沖つ波打出の浜の浜久木
しをれてのみや年を経ぬらむ
- 歌の意味
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沖の波が打ち寄せる打出の浜の浜久木が潮に濡れてしおれるように、私も涙にしおれるばかりで年を過ごしてしまったのだろうか。
- 鑑賞
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恋歌 489
詞書は前の歌に続き「名所の恋の心をよめる」
沖の波が打ち寄せる打出の浜に生える浜久木が潮に濡れてしおれているように、自分も涙に濡れてしおれたまま年月を過ごしてしまったのかと嘆いた歌である。
底本の注記によれば、定家所伝本では二句を「うちでの浜の」とし、類従本と定家所伝本では結句に異同がある。ここでは「うちでの浜の」とする。
初句「おきつ波」は、沖の波の意で、波が打つことから「打出」にかかる。
二句「うちでの浜の」は、近江国の打出の浜のの意で、波が打ち出ることと地名とを掛ける。
三句「浜ひさぎ」は、浜に生える久木の意で、字余りである。
四句「しをれてのみや」は、濡れてしおれてばかりの意で、「や」は疑問の係助詞で、結句の「らむ」と連体形で結ぶ。
結句「年をへぬらむ」は、年を過ごしてしまったのだろうかの意である。前歌の萩の露に続き、濡れる植物に涙を重ねている。
ひさぎ:木の名、あかめがしわともいう
しをる:濡れてしおれる
うちで:波が打ち出る意と、地名の打出を掛ける
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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風を待つ今はた同じ宮城野の 本荒の萩の花の上の露
- 次の歌
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君により我とはなしに須磨の浦に 藻塩垂れつつ年を経ぬらむ