- 歌の意味
- 消えてしまっていただろう。今朝もし訪ねて来なかったなら、山城の人の来ない宿の道芝に置く露のように、私は。
- 鑑賞
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恋歌 505
詞書「山家後朝恋」
今朝もしあなたが訪ねて来なかったなら、山城の人も通わない山里の宿の道芝に置く露のように、自分は消えてしまっていただろうと詠んだ歌である。逢瀬の翌朝の訪れを喜ぶ心を詠んでいる。
類従本では題を「山家のちのあした」とする。
初句「消えなまし」は、消えてしまっていただろうの意で、「な」は強意、「まし」は反実仮想である。ここで句切れとなる。前歌の「消えやわたらむ」の不安を受けている。
二句「今朝たづねずば」は、今朝訪ねて来なかったならばの意である。
三句「山城の」は、山城国のの意である。
四句「人こぬ宿の」は、人の来ない山里の宿のの意である。
結句「道しばの露」は、道端の芝草に置く露の意で、体言止めとなっている。消えるものとしての露を、自分の身に重ねている。
みちしば:道端に生える芝草
- 作者
- 源実朝
- 出典
- 金槐和歌集
- 前の歌
- さ筵に露のはかなくおきて去なば 暁ごとに消えや渡らむ
- 次の歌
- 今更に何かを忍ぶ花薄 ほに出でし秋も誰ならなくに